冬の間中 一番寒いはずの二月は、その終焉からこっちがいきなり寒くなり。いよいよ花の便りを聞き始める頃合いの三月に入ったというのに、山なんて遠景にも見えないような都市部の平地でも、吹雪くほどの雪が昼日中に降ったほど。
“まあ、アメフトは雨も雪もあんまり関係ないんだけれど。”
どんな悪天候でも中止や順延にならないところは、さすがラグビーから派生し、サッカーとも兄弟スポーツなだけはあり。とはいえ、根性論だけで突っ走って無駄に怪我を負っては何にもならぬ。がっつりと武装(?)してのぶつかり合いが基本という、そりゃあハードな代物なだけに。重戦車タイプだろうがスプリンターだろうが関係なく、取り掛かる前にはしっかりと体を温めること、出来れば日頃からも、すぐに体が機能出来るような燃焼率のいい体を作っておくことが大前提。それを思えば、冬場だって毎日毎日が練習の日々なのも頷けるのだけれど。
「…あ。」
全力で走ってはインターバルを挟み、また全速力というのを繰り返す、後衛担当へのダッシュの基本練習の真っ最中。ふわり、鼻先へと落っこちてきた白いものに気がついて、ありゃと空を見上げておれば、
「よっし、後はミーティングだ。汗を冷やすなっ。」
雪のせいばかりでもない、じっくり積んだトレーニングで体も温ったまっただろからと、鬼のジェネラルがそんな声を張る。この時期は学校自体も人気が少なく、在校生にはまだ授業もあるにはあるけれど。期末考査が始まれば、もうほとんど気分は春休みへと投入という観もあり。そんな森閑とした空気のせいか、校舎を背景に据えた校庭は余計に寒々しい風景に見えてしまって…。
「…ってな理由だけじゃあなかろ。」
「ひぃあぁぁっっ!!」
いきなり耳元で、しかも肉食獣を思わすよに、喉をぐるぐる鳴らすほど低められた声を立てられちゃあ。草食獣代表だからこそと言わんばかりの究極のスプリンターくんが、不意を突かれて“ひゃあっ”と飛び上がっても仕方がなかろう。
“もーりんさん、それって的を射すぎ。”
乾いた笑いようをする桜庭くんまでおいでなところから察するに、やっぱ“アレ”がらみのお話があるようです、はい。(苦笑)
◇ ◇ ◇
ミーティングの方はポジション別に難敵のスペシャルな攻勢という課題を与え、リーダーを中心にしてそれぞれに打開策を検討させることとして。
「相変わらず判りやすいよなお前はよ。」
「っていうか、今回のぼんやりは間違いなく進が原因なんでしょ?」
暑い頃合いの集中切れは判らなくもないけれど、この寒さをあっと言う間に振り切るだけの勢いで、体も集中も立ち上がらせた身が、だってのに、時折ぼんやりと何かしら考え込んでいるのは、何とも中途半端なことであり。
「余裕なのは結構じゃああるが。」
ふふんと笑った蛭魔と瀬那とへ、まだ十分に湯気の立っているコーヒーとココアの蓋つきカップを差し出した桜庭が、
「寒い時期の怪我は結構尾を引くからね。」
そうと続けたお言いようには、
「…はい。」
セナとしても素直にごめんなさいと頭を垂れるしかない。本来ならば自分で気をつけることだ。いくら慢性的に人員不足な部だとはいえ、新入生がどっと入る来春には補充も多少は利こう。何より、もはや新人とか初心者という肩書は無用の身。いくら勝負札のランニングバックだとはいえ、そうそう大事にされる言われもなく、自分の管理は自分で行うべきところ。淡灰色の曇天に覆われたグラウンドが見渡せる無人の教室は、どこから持ち込んだやらオイルヒーターが2台も間近に据えられていたので さほどには寒くもなく。程よい甘さのココアが喉元から体中へ優しい温もりを広げてくれて。
「で。進の野郎の様子が訝しいってんで引っ掛かってやがったんだろ?」
「…っ☆」
自分と彼との微妙な間柄への事情が通じているからとはいえ、何でまたこうも、
「ど、どうしてそれを…っ。」
浮かれている時だけじゃあなく、本人にさえ どう把握すればいいんだかというよな、つまりは取り留めのない状況でさえ、あっさりと見抜ける蛭魔なのが。セナとしては驚異であるやら恐ろしいやら。
「そんなもん簡単だ。お前はすぐ顔に出す判りやすい奴だからな。」
「え? そうなんですか?」
はやや、それはしまった気がつかなんだと。突き指したのか絆創膏が幾つか巻かれている小さな手が、やわやわな自分の頬を押さえてしまうのへ、
「妖一、あんまりセナくんを苛めないの。」
どう見たって楽しんでいるとしか思えない笑いようだと判っているからか、傍らから桜庭が助け舟を出してくれて。とはいえ、
「ボクとしては、セナくんがどうかしたから進があんななのかなって気になって。
それで妖一に訊いてみたってのが発端だったんだよ。」
でも、こっちじゃあセナくんの方こそ、何か案じているような素振りだってんで、
「そんな下敷きがあったから、
進のせいでキミまで訝しいのかって言いようが引き出せたって順番なんだ。」
困っているのが半分と、後の半分は…微妙に楽しげでもあるように見えるお顔。そんな桜庭だというところから、事態はさほど重篤じゃあないらしいと。素早く察することが出来るほどには、まだまだ達観してはいないセナだから。
「???」
キョトンとしつつも…唯一拾えた事実を口にする。
「進さん、やっぱり様子が訝しいんですか?」
「あいつが訝しいのはいつものこったがな。」
とっとと話を終わらせたいか、桜庭が脱線に通じる余計な脅しを封じたの、そちらさんも察したらしい蛭魔が…それでも茶化すような言いようでそうと付け足し、
「お前が妙だなって思ったことってのがあるんだろ?」
「あ、ええはい。あの…。」
そんなの自分の勝手な想像、考え過ぎじゃあないのかなって思ったんで。そこから先なんて考えないようにしよう、そんなの見なかったことにしようとしていたことなんですが…などと。いかにも意味深な言いようをするセナだったのへ、
「え?」
実は深刻なことだったの?と、表情を弾かれた桜庭くんの。綺麗に磨かれた靴の先、パイプいすに腰掛けたまま、ぎりと踏みつけ黙らせて。
「…っ☆」
「で? 一体何を見やがった。」
うあ痛そうと。セナまでが注意を振り向けたアイドルさんなの置き去って。簡易の尋問室のように その間に据えてた机越し、参考人への証言を喚起したところが、
「あ、あの…ケーキ屋さんのショーウィンドウを、熱心に眺めてらして。///////」
先日の川崎スタジアムでの、Xリーグチームのファン交流会に行った帰りなんですが。駅までのモールにある、結構有名な洋菓子店のディスプレイとか、あと、実演っていうんでしょうか、窓越しにパティシェさんがクリームを飾ってるところとかを見えるようにしているお店の中とか、立ち止まってまで見てらして。
「進さん、甘いものは苦手にしておいでなのに。」
カロリーが高いからと敬遠しているだけじゃあなく、そもそも だだ甘いものはあまり好みではないようで。なので、そういう場所に差しかかった場合は、まずはセナの方が視線を奪われるなり足を止めるなりするのが先のはずが。先日はなんと進の方が先に足を止めまでしたと言う。
“つか、そんな些細なことをよくもまあ、
こうまで日が経ってるのに不審だと覚えているもんだよな。”
もしかして、ケーキじゃあなくガラスに映ってた別のものへと気が逸れたのかもしれない。頬を真っ赤にしていた、嬉しそうだった可愛い恋人の無邪気な横顔に、はっと胸を打たれた進だったのかもしれないじゃねぇかと、蛭魔が彼には珍しくも甘い方向の想定をしておれば。
“何がどうしたのかなんて、セナくんには聞けなかったんだろうね。”
と、こちらは桜庭くんの見解。訊いたところで“何でもない”と応じた進だったろうしと。そこまで読めてのこと、セナの報われなくともいいのと頑張る健気さに胸打たれてしまってる。
「でも。」
とはいえ、セナがそりゃあ美味しそうに、幸せそうに食べるところを見るのはお好きなようだから。それと、絞り袋の先からひょいって、バラの花とか出来るのは、手品みたいで不思議だと、前にも言ってらしたんで。
「そんな関心から眺めてらしたのかもって…。」
「だったらいつまでも尾を引いてねぇだろがよ。」
躊躇も斟酌もないツッコミが、絶妙なタイミングですかさず入り、
「うう…。///////」
出端をくじかれたセナくんが小さな肩をすぼめたところで。
「そっか、それでのことなんだ。」
こちらさんは何かしら合点がいったらしい桜庭さんが、ポンと手を打ち、うんうんと頷いて見せる。セナくん以上に“何だ何だ?”と怪訝に感じたらしい蛭魔が、傍らに立つ長身の君を見上げれば。襟やら袖の縁に裏地のファーがはみ出してアクセントとなっている、バックスキンのジャケット姿、珍しくラフな格好のアイドルさんがくすすと目映いまでの微笑を振り向け、
「…ああ、えっと。
セナくんだけは、ここで訊いたことはすぐさま忘れておくれよね?」
「え? あ、は・はいっ!」
何が何だか知らないが、頷かずにはおれないようなテンポに乗せられ、はいと素直に頷けば、
「実はさ、進が妙に甘い匂いをさせてんだよね、毎日毎日。」
「はい?」
王城の方での異常事態ってのはそういうことだと、そちらさんでの違和感をまずは明かしてくださって。
「日頃はシャンプーの匂いか、滑り止めスプレーの匂いくらいしかさせてないのが、バニラ系の、チョコとか洋菓子の匂いをね。」
てっきりセナくんに付き合っての甘味処回りでも始めたかなんて。それにしたってらしくはないこと、何があったんだろうかと皆して首を傾げてた。バレンタインデーにもらったチョコを暴れ喰いしてやがるんじゃなかろうかと言い出したのが大田原さんで。食べるものへの注意は払ってる奴だからそれはあり得ないと、誰もが否定はしたんだけれど。
「本人の様子もね、何だか少々、なんてのか…困ってるような悩んでるような。」
桜庭が言うには無口がどんどん加速しているらしいそうで。それが判る自分が切ないと思いつつ、あやつがそんな風に変調を来たす原因といやあとの思い当たり先、セナくんの方はどうしてますかと蛭魔へお伺いを立てた桜庭さんだったそうなのだけれど。
「セナくん、もしかして今年のバレンタインデー、進に何かあげた?」
「え?///////」
あのえと、大したものじゃあないんですけど、アメフトボールの形のチョコボールを、中に植田 in のグミを入れて作って、あのその。/////// もしょもしょと自白するランニングバックさんの証言へ、
「それへのお返しをさ、考えてる進なんだったら辻褄が合う。」
「お返し?」
ただでさえ大きな瞳を、目一杯 見張ったセナくんへ、
「そう。いくら山ほど食べたって昨日や今日でああまで匂うはずがない。
でも、作っているのなら、髪や体へ匂いも移る。」
きっと たまきさんが喜々として講師を引き受けて、毎日のようにクッキーだプリンだってあれこれ作らせてんじゃなかろうか。
「おいおい。」
今時は市販のチョコを溶かして固め直しただけで“手づくり”って言って憚らねぇ女どもが大半だってのにか? まずはと蛭魔が怪訝そうに聞き返したが、
「だから。
手作りをもらったのなら、同じような手間暇かけたものを返さないとって。」
それを吹き込んだのが あのたまきさんなら特に、そんな中途半端はやらせないと思うよと。そこまでの微に入り細に入りな話をして差し上げたのは後になってからのこと。
「ただでさえ自分に蓄積のないことなだけに、やり過ぎな事態へ振り回されてるんだってことへさえ、気づいてないままなのかもしれない。」
「そんなぁ…。」
信じがたい話だと驚きつつも、それでかと思い当たったのが。毎日のメールのどこかに必ず、チョコレートは好きだろうかとか、甘いものを食べたら歯を磨けとか、そういう傾向の一言が入っていたことで…って。……相変わらずお父さんみたいなメールを寄越しているんだね、あの御仁。(苦笑)
「そかそか。だったらさほどに困りもしないや。」
「え?」
「だな。完全に個人的な問題じゃねぇか。」
「あ、でもっ。」
「ホワイトデーが過ぎれば解決だし。」
「そんな〜。」
まだ半月もありますのにと、苦手な甘い匂いと格闘中の恋人さんを慮って差し上げるのはセナくんのお仕事。自分たちには解決事と、やれやれと言いたげに背伸びをしだす先輩二人へ、まさかにうらめしそうなお顔も出来ずで。
「〜〜〜〜〜。///////」
好きな人から想われていればこその事態だとはいえ、その好きな人には悪夢かも知れない日々なんなら。やっぱり何とかしてあげねばと、そわそわしだしたセナくんへ、
「………とりあえず、何が一番好きかを言ってあげれば?」
「…っ。」
そうすれば余計なものは作らなくてもいい。ケーキだけ、チョコだけ、プリンだけを、コツが身につく程度に頑張ればいいって運びになるでしょ?と。やっぱり優しい助言をくださった桜庭さんへ、はいと大きく頷いて。……はてさて、
「一体何が一番好きなんだろうね。」
「しかも、手間がかからなくて日もちもしそうとか。
いろいろと考え込みそうだぞ?」
それを考えるので、2、3日はつぶすんじゃねぇか?と、新たな杞憂へ肩をすくめるハニーの背中を、ほれほれと押し出しながら、
「そういうのは嬉しい苦しみなんだから、外野がちょっかい出さないの。」
それと。そんなよそ見はしないでくださいと。話を振って来たくせに、そんな現金なこと、胸の裡(うち)にて想ったりする桜庭くんだったりし。いやはや、恋の思惑も闊達に飛び交い出しての、正に春の気配が到来な今日このごろでございます
〜Fine〜 09.03.03
*そういや、バレンタインデーのお話は十セナものしか書いてなかったねぇ。
というワケでってこともないんですが、
相変わらずにどっか変なカップルさんと、その周辺という一席でございまし。
発泡スチロールばりのカッチカチなスポンジケーキを量産しちゃあ、
門弟さんたちのおやつに回してたら笑えます。
「…早くホワイトデートやらが終わってくれんかなぁ。」
「まったくだ。」
「たまきさんが明日はプリンだと言ってたぞ。」
「茶わん蒸しなら まだ有り難いが…。」
こちらの皆さんもきっと、甘いのより辛いのの方が歓迎だろからねぇ。(笑)
めるふぉvv **
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